はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 250 [ヒナ田舎へ行く]

ウォーターズの出迎えには、もれなくヒューバートが対応していた。

ヒナは野ウサギのようにぴょんぴょんと跳ねながら玄関広間にやってきて、ジャスティンを盛大に迎えた。待ってましたとばかりに手を取って、自分の身体に巻き付けると、ジャスティンのわきの下にすっぽりと収まった。

「一緒にお昼食べよ」ヒナは首を変な角度に曲げながらもジャスティンと目を合わせた。断ったら承知しないぞと唇を尖らせる。

いくらヒューバートがすべての事情を知っているとはいえ、やりすぎ感は否めない。いちゃいちゃし過ぎだ。

けれどもヒューバートは、ヒナのわがままかつ昼食を用意するブルーノの都合などおかまいなしの言動にも、カナデ様のお気に召すままにという態度を崩さなかった。

「そう言うと思って、差し入れを持ってきた」ジャスティンはヒナの頭をくしゃりとやった。

ロシターの助言のもと、フィッシュアンドチップスを持参していた。

『旦那様、まさか手ぶらであちらに行くつもりですか?』ロシターはそう嘆かわしげに言って、ジャスティンを引き留めた。

『悪いか?』

『ダンがあちらに戻ったのですから、そう急ぐこともありません。お坊ちゃまはご無事です。たとえ、クロフト卿が何の知らせもなくラドフォード館にやってきたのだとしても』

あまりに正論を言うため、苛立った。ロシターは腹の立つことに、あのジェームズにそっくりだ。嫌みったらしいところが特に。

『何を持って行けと?』

『フィッシュアンドチップスなどいかがでしょう?』

『フィッシュ……?なぜそんなものを』

『そろそろ昼食の時間です。お坊ちゃまと二人きりで、庭のベンチでピクニック気分が味わえるかもしれませんよ。まあ、用意するのに少々時間が掛かりますが』

ロシターが時間稼ぎのために言っているのはわかっていたが、ヒナの指先に付いた油を舐め取るのを想像してしまい、あっさりとその計略に屈した。

そしていま――

「豆のサラダはヒナが運んだ!」ヒナは嬉しそうに言い、ジャスティンを食堂に引っ張った。

そのうしろをフィッシュアンドチップスを持ったウェインがこそこそとついて行き、ヒューバートはヒナたちが食堂に吸い込まれていくのを見届けて、また姿を消した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 251 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナの無邪気さがうらやましい。誰の目もはばかることなく、恋人を従えて食卓に戻ってくるんだから。

ジェームズもこのくらい素直に僕に従ってくれたらと、パーシヴァルは羨望のまなざしをヒナに向けた。

堂々たる態度。

どちらかといえば、ジャスティンの方が恐縮している。

ヒナは元の席に座り、ジャスティンはパーシヴァルがヒナにダメだと言われた席に着いた。

そこは一番偉い人が座る場所だぞ!ジャスティンはただの隣人なのに。

パーシヴァルは目を剥いて、ジャスティンを睨みつけた。

「ウェインさんいらっしゃい!」ヒナの向かいに座るカイルがはしゃいだ声をあげて立ち上がった。見ると、戸口に見覚えのあるようなないような、何の特徴もない従僕が手にかごを持って立っていた。

「やあ、カイル。こんにちは」

「それ、なんですか?いいにお~い」パタパタとウェインに駆け寄る。

「旦那様からの差し入れ。フィッシュアンドチップスだよ」ウェインは答えると、カイルがじゃれつくなか、テーブルにかごを置き、末席に腰をおろした。

パーシヴァルはまったく気後れしないウェインを興味深げに見やった。主人が主人なら、仕える者はこうなるというわけか。まったくずうずうしい。

しかもジャスティンは僕とは面識がないふりをしようとしている。

そうはさせるか。

「やあ、久しぶりだね。ウォーターズ」先制攻撃だ。

「ああ、久しぶり」ジャスティンは食いしばった歯の隙間からうなり声のような返事をした。

ふんっ!ウォーターズと呼んであげただけでもありがたいと思って欲しいね。

「クロフト卿はウォーターズさんとお知り合いでしたか」ブルーノが興味深げに両者を見やる。その視線にパーシヴァルはどぎまぎした。もうひとりの美形スペンサーは昼食には不参加らしい。

「イタダキマス!」

ヒナの一言で食事が始まった。パーシヴァルとジャスティンの水面下の争いも、一時中断、とはいかず……。

「まさかこんなところでフィッシュアンドチップスが食べられるなんてね」パーシヴァルはにやにやしながら、チップスを口に運んだ。

ジャスティンは温厚な笑顔を顔に張り付けたまま、パーシヴァルを睨んだ。

「チップスおいしい」ヒナは唇を油でてらてらさせながらにっこりとした。

「ほんと!僕、パンに挟んで食べよっと」カイルは軽くトーストされたパンに手を伸ばした。

ヒナも真似して手を伸ばす。

あっ!と思った時にはもう遅かった。

ヒナがグラスを倒した。クロスを敷いていないテーブルの上を、水が勢いよく流れる。ジャスティンにカイル、パーシヴァルまでもが同時に、ナプキンをテーブルに叩きつけるようにして、水の流れを止めた。

なかなか素早い動きだった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 252 [ヒナ田舎へ行く]

「パーシヴァル!グラスはヒナのそばに置くなとあれほど――」そこまで言って、ジャスティンははたと口をつぐんだ。

ここはバーンズ邸ではなかった。

「ずいぶんなご挨拶だな。久し振りに会ったって言うのにさ。でも、まあ、これは僕の失態だ」パーシヴァルはにやりとして、ヒナが倒したグラスを自分の右手に避難させた。

「うっかりしちゃった」毎回ドジを踏むヒナが申し訳なさそうに言う。

かく言うジャスティンは、うっかりでは済まされない失言をしてしまったのだが。

「ウォーターさんもジュスの家に遊びに行くんですか?」カイルが興味津々で訊ねる。

きらきらした視線を受けたジャスティンは、言い訳のイの字も思いつけず黙って頷くしかできなかった。

「やはりヒナとは面識があったんですね」ブルーノが厳しい口調で問いただす。睨んだ先にはダンがいた。

「ジャスティンは共通の友人なんだ。ウォーターズは自分だけ身分が低いのを気にしてね。だから外で会っても、知らんぷりするんだ。でも僕たちはとっても仲良しなんだ。ヒナのおかげでね」パーシヴァルが得意満面で言う。

「相手は公爵家に伯爵家だろう。肩身が狭くってね。こちらはただの商売人だからね」ジャスティンはパーシヴァルの話に乗った。

「そんなことないよ!立派なクラブのオーナーなんでしょ」純粋なカイルがたまらず声を上げる。「僕、大きくなったらウォーターさんのクラブに遊びに行くんだから」

「そのわりには偉そうだけどさ」パーシヴァルが小声で口を挟む。ジャスティンの”肩身が狭い発言”に対する反論だ。

「ヒナも大きくなったらクラブに行くんだから!」すでに出入り禁止のヒナが言う。

「ヒナは大きくなってもダメだよ。ジャスティンが許すものか」パーシヴァルはヒナを鼻先であしらい、特別に用意された白ワインを口に運んだ。

「どうしてヒナのジュスは許さないんですか?」カイルが訊ねる。

フィッシュアンドチップスサンドをかじるヒナは、“ヒナのジュス“と言われてとても嬉しそうだ。

「とても過保護なんだ。ヒナのジュスってのは」パーシヴァルはニヤニヤが止まらない。

「でも、ヒナ行きたい」ヒナは上目遣いでジャスティンを見た。

見られてもダメなものはダメなわけで……。

「向こうに戻ったら訊いてみるといい。ジャスティンに」ジャスティンはそう締めくくり、黙々と食事を進めた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 253 [ヒナ田舎へ行く]

上座で微妙なやりとりが行われているなか、下座でも黙したまま水面下でのやりとりが行われていた。

旦那様のせいで、ブルーノの視線が痛い。

ダンは下を向いたままフォークの先に豆をいくつも突き刺しては、のろのろと口に運び、ちびちびとワインを飲んでいた。昼間からアルコールを飲むことなどほとんどないのだが、飲まなきゃやってられないというのが、現在のダンの心境だ。

「ダンもせっかくの差し入れを食べたらどうだ?」ブルーノの口調はとげとげしかった。

自分の用意した豆のサラダが不人気なのを気にしているのか、僕が嘘を吐いていたことを気にしているのか。

僕は豆が好きだから食べているのに。しかも嘘は他にもまだあるのに。

ああっ、もう!「ええ、いただきます」ダンは取り皿をブルーノの側に寄せた。

「あ、僕もいいですか?」ウェインがチャンスとばかりに皿を差し出す。

ブルーノは軽蔑の色を浮かべウェインを見た。

現在、フィッシュアンドチップスのかごは、向かい合うヒナとカイルの間に置いてある。手が届かないから仕方がないのだが、ウェインももう少し周りに気を配ってくれたらいいのに。責められるのは自分ではないからといい気なものだ。

ダンはこっそり溜息を吐いた。

ブルーノは嘘を吐いた僕を嫌いになっただろうか?

盗み見るように表情を伺うが、ブルーノはほとんど無表情と言ってもよく、何を考えているのかまったくわからない。いつものこととはいえ、ほんの数時間前までのどことなしか心が通じ合ったような雰囲気はすっかり消え去っている。

ブルーノが皿をこちらへ寄越しながら鋭く見返してきた。ダンはもごもごと礼の言葉を呟き、皿を受け取った。

ブルーノが怒っているのはもはや疑いようがなく、ダンには弁解の余地もない。

どうするべきだろうか。ヒナに相談したくても、旦那様のせいでそれは無理。ウェインになんてとんでもないし、クロフト卿になら相談できるかもしれないけど、面倒が起こるのは目に見えている。

八方塞がり。

残る道は、ブルーノにすべてを打ち明けてしまうこと。

ヒナは許してくれるだろうか?

旦那様は?

ダンは途方に暮れた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 254 [ヒナ田舎へ行く]

険悪な昼食が済むと、代理人がいつ来るとも知れないのに、ヒナはジャスティンとパーシヴァルと庭に出た。

ダンがお供しますと申し出たが、あえなくジャスティンに断られてしまった。なので、ダンはブルーノの批判を真正面から受けつつ昼食の片付けをしなければならなくなった。

そして片付けなければならない重要な問題がここにある。

「なぜここに来た」ジャスティンは庭の中程まで来ると、早速切り出した。そばにはネコたちがたむろしているベンチがある。

ヒナはそちらに気を取られ、二人を置いて駆け出していた。

「なぜって、ヒナが心配だったからに決まっているだろう」パーシヴァルは心外だとばかりに肩をすくめた。

「心配?そんなものしてもらう筋合いはない。手紙をやっただろう?ダンはうまく潜り込めたし、俺もここをほぼ自由に行き来できるようになったと」ジャスティンはベンチに座るヒナに目をやった。群がるネコたちの喉を片っ端から掻いてやっている。

「僕はヒナのおおおじだぞ!だいたい君がいないときヒナがどんな扱いを受けているかはわからないじゃないか」パーシヴァルは自分の行動に間違いはないと、確信を持って言った。

確かに、パーシヴァルの言い分にも一理ある。どうみてもロス兄弟はヒナに振り回されているが、それは自分がウォーターズとして訪問しているときにそう見えているだけで、目の届いていないときにどう扱われているのかまでは把握できていない。

だが、ダンはヒナの近侍としてはかなり優秀だ。そんな事態を見過ごすはずがない。

「心配はありがたいが、状況がまずくなったのをわかっているのか?」まずくしたのは自分の失言のせいなのだが、そこはあえて口にしなかった。

パーシヴァルはジャスティンを非難するように目をすがめた。「この際、僕が案内しようか?ヒナの両親が眠る場所へ」

「知っているのか?」ジャスティンは反射的に訊ねた。

「ご先祖様が眠る墓地のどこかにいるのは間違いないだろう?墓石があればすぐにわかるだろうし、なければ、誰かに聞けばいい。どうする?」パーシヴァルはそう言うと、ベンチでネコと戯れるヒナに目を向けた。ネコまみれだ。

「どうするって……ヒナは嫌がるだろうな」

「あんなに会いたがっていても?」

「伯爵に、おじいちゃんに認められたいんだ」

「そんな悠長な事を言っていたら、一生会えるものか。ヒナの事を思うなら、ヒナが伯爵の孫だという事を今すぐにでも明かすべきだ。彼らなら伯爵に告げ口したりはしないだろうし、きっとヒナを両親に快く会わせてくれるさ」

ジャスティンの心は揺れ動いた。

ヒナが伯爵の言い付けに従いたいという気持ちもわからないでもない。なんたって伯爵はヒナに残されたただ一人の身内だ。良い子にしていれば、亡くなった両親だけでなく祖父にも会えるかもしれないと思えば、無理難題にだって応じるに決まっている。

だが、伯爵にそんな気持ちがないことはジャスティンもパーシヴァルも知っている。ヒナがおじいちゃんに会いたければ、無理矢理屋敷に押しかけるしかないのだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 255 [ヒナ田舎へ行く]

昼食の片付けのあと、カイルとウェインはヒナたちを追って庭に出て行った。

ダンもついて行きたそうにしていたが、ブルーノは熱い紅茶をポットに二杯分ほどいれ、暗黙のうちに引き留めた。

綺麗になった作業台の上にカップが二つ並ぶ。いつしか恒例となったひと仕事終えた後の、二人だけのひととき。今日に限っては、ダンは一秒たりともこちらに割く時間はないという顏をしている。

カップを差し出すと、ダンはイスを引き寄せそこに座った。ブルーノもそれを見て向かいに腰をおろす。

「説明してくれるか?」間を置かず訊ね、ダンの表情を伺った。

「説明?」ダンはいけしゃあしゃあとすっとぼけた。顔色ひとつ変えない。

「嘘を吐いていたことだ」皆まで言わせるな。

ダンはカップの柄を握り締めた。覚悟を決めたのか?

「仕方がなかったんです。だって、ヒナの知り合いがお隣さんだなんて伯爵に知られたらいけないと思ったので」

なかなかもっともな言い分だ。

「俺たちが伯爵に告げ口するとでも思ったのか?」そう思われていたとしたら、二人の間に芽生えていた信頼関係は存在しなかったという事になる。

「報告書を送っているのでしょう?」ダンが挑むように顎先を上げた。

「そうだが、お前のことだって伯爵には言っていないんだぞ。隣がヒナの知り合いだからってわざわざ言うものか。もう少ししたら代理人が来るんだ。その前に言っておきたいことがあるなら聞くぞ」

脅すような口調になってしまった。報告書は送っていても、ダンやヒナの不利になるような事は何ひとつ報告していない。それでも、俺を責める気か?ブルーノはヒステリックにわめき散らしたくなった。

「ブルーノは、全面的に僕たちの味方をしてくれるんですか?伯爵の命令に背くわけにはいかないのでしょう?」ダンはこちらの葛藤など気にする素振りも見せず、悠長に紅茶を啜った。

「命令など、すでにいくつも破っているだろう?何をいまさら」ブルーノは険しい顔で吐き捨てた。

「そんなの知りませんよ。何を報告して何を報告していないのか、僕は聞いていないんですから」ダンは怒って言い返した。

このままでは埒が明かないと、ブルーノは思った。意外にも怒りっぽいダンも魅力的ではあるが、どうしても本当のことを訊きたかった。ダンはまだ嘘を吐いている。どんな嘘で、何が真実かは分からないが、頼って欲しかった。伯爵に知られたくない秘密を打ち明けて欲しかった。

ひとつだけ、ダンがひた隠しにする秘密をブルーノは知っていた。

昨夜届いた報告書。

あれに書かれていたものは、けっしてダンを害するものではない。秘密にする意味も分からない。

けれども、口にするのは最も効果的な場面でなくてはならない。例えば、ダンが警戒を解き、キスに応じてくれた時とか。

「報告書の内容は、スペンサーに訊けば教えてくれるだろう」だが、スペンサーと二人きりになるのだけは許さない。

「では、あとで訊いてみます」ダンは唇を尖らせた。

「そうしろ」もちろん俺も一緒だ。「で、俺に言うことはもうないのか?」

つづく


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ヒナ田舎へ行く 256 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノを信頼して全部話してしまいたい。

ウォーターズさんは僕の旦那様なんです、と。

ダンはレモン風味の紅茶を喉の奥に流し込み、出掛かった言葉を押し戻した。今は言えない。とにかく旦那様かヒナの了承を得なければ。僕はただの使用人。物事を判断する立場にない。分をわきまえろ!

そこでダンは自分の名前を声に出さずに呟き、戒めとした。

「何か言ったか?」

「いいえ」ダンはうつむいた。良心が疼きいたたまれなくなった。「お茶うけに何か持ってきましょうか?」そわそわと腰を浮かせて、脱出口に目を向ける。

「何か欲しいなら出してやるぞ」先にブルーノが立ち上がった。オープンキャビネットから蓋付きの皿を取ってテーブルに置いた。

白地に花柄の陶器の丸い蓋を取ると、ずっしりと重そうなフルーツケーキが姿をみせた。

口の中に唾がわいた。

食事が済んだばかりだけど、腹ペコだ。旦那様のせいでブルーノに睨まれ、まったく食べた気がしなかったのだ。好物の豆だってじゃがいもだって、砂を食べているのと変わりがなかった。

早くちょうだいとブルーノを見ると、せっかちだなというように見返された。

ダンは元来せっかちな男だった。

「美味しそうですね」ダンはほくほくの笑顔でケーキを見つめた。たっぷりと切り分けてくれたらいいのに。

「俺には不満顔で、ケーキには極上の笑顔か」ブルーノは納得がいかないというように、冷ややかな視線をダンに向けた。それはほとんど冗談交じりで、ダンは照れ笑いで返した。

「ブルーノの作るケーキが美味しいことは、この舌がよおく知っていますからね」ダンは舌をぺろりと差し出した。

「ふんっ。その舌は嘘を吐くことも得意のようだが」ブルーノはそう言いながらも、ダンの望み通りケーキをたっぷりと切り分けた。

「その話はまたあとでしませんか?」ダンは真剣に言った。気持ちの上では真実を打ち明けるつもりだった。どうせヒューバートも知っているのだ。兄弟だけ知らないことに何の意味があるのだろう。

「俺はいつでも構わない」ブルーノは鷹揚に応じた。とげとげしかった口調も解消され、表情も和らいでいる。

ダンはホッとせずにはいられなかった。ブルーノと険悪になるのは出来れば避けたかったし、実際、ひどく傷ついた。もちろん特別な感情などないけれど、仲良く過ごせるに越した事はない。

あとで、僕も庭に出よう。旦那様に許可を頂くのだ。

けど、まずはお腹を満たそう。

腹が減っては戦は出来ぬ、だ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 257 [ヒナ田舎へ行く]

自分たちの屋敷がどんどん他人に侵されていく様に、スペンサーは不満を募らせていた。ラドフォード館は伯爵のものではあるが、だからといって誰彼構わず押し掛けられては迷惑だ。

パーシヴァルの出迎えから姿を消していたスペンサーは、諸々の用を済ませると書斎に舞い戻った。

まさかここまでは侵されないだろう?スペンサーはまるで自分の方が侵入者であるかのように、用心深く辺りに目を配った。

「どこをうろついていた?」書き物机の前の向かい合うソファのひとつから声がした。

部屋に入ったときから存在には気づいていた。無視しようと思っていたが、甘かった。

「部屋の支度です。新しいお客さまはしばらくここにいるようですから」スペンサーは内心毒づきながら、ヒューバートの向かいに腰をおろした。ポケット探り、左右がねじられた小さな包みを取り出す。ミントキャンディだ。

「食事は済んだのか?」ヒューバートは息子の感情になど興味がないというように淡々と訊ねた。

「乾いたパンとスープを下で」スペンサーは無愛想に答え、イライラ解消のための秘薬を口に入れた。これさえあれば気も鎮まるはず。

パーシヴァルの訪問がスペンサーにとってかなりの負担なのは間違いない。事情を知るヒューバートの驚きは一過性のものではあったが、パーシヴァルの扱いに頭を悩ませていることには変わりはなかった。

「カナデ様とご一緒すればよかったものを」

自分も姿を消していたくせによく言う。

「クロフト卿とウォーターズに挟まれて?冗談じゃない」スペンサーはぞっとしたように顔を歪めた。

「子供じみたことを」ヒューバートは呆れて嘆息した。

「そうは言いますけど、お父さん――」言い掛けて、やめた。親父にあれこれ言っても聞き流されるだけだ。「クロフト卿と話をする気はあるんですか?」話題を変えた。

「のちほど、時間を割いてもらうつもりだ」

「いったい何しに来たんだか」これまた扱い難そうな従者まで連れて。

「カナデ様に会いに来られたに決まっているだろう」

「決まっている?なぜ?」

「あの方はカナデ様の――ご友人だ。ああ、いや、違う。お前には話しておこう」

ヒューバートは躊躇いがちにパーシヴァルをヒナの友人だと認めたが、思うところがあり前言を撤回した。つまり、そろそろ息子にも真実を伝えておくべきだと判断したわけだ。

「何を?」スペンサーは訊き返した。先ほどから疑問ばかりだ。

「カナデ様のこと、クロフト卿、そしてウォーターズ様のこと」

ヒューバートの表情はいつもと変わらず飄々としたものだったが、声音だけは違った。大切な秘密を明かすかのように、慎重で用心深く、少し神経質にスペンサーの耳に届いた。

スペンサーは組んでいた足を解き、背筋を正した。

「教えてください、お父さん」

つづく


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ヒナ田舎へ行く 258 [ヒナ田舎へ行く]

妙に慌ただしかったラドフォード館が落ち着きを取り戻したのは、不意の訪問者が帰ったあとだった。

不意の訪問者は二人いたが、もちろん帰ったのはジャスティンのほうだ。

キスのひとつもしてもらえなかったヒナはすっかり不貞腐れ(お邪魔虫パーシヴァルのせいだ)、晩餐まで不貞寝をすると言って、事実そうした。

というわけで、ダンはいまだヒナと例の事に関しての打ち合わせが出来ていない。

ブルーノに真実を告げるかどうかという、アレだ。

晩餐まで時間の出来たダンは、せめてエヴァンに助言をもらおうと、邸内を探し歩いた。エヴァンとは庭で会ったきり。いそうな場所を探すが気配すらない。いったいどこへ行ったのやら。

そうこうしているうちにスペンサーと行き会った。

スペンサーはダンを見て驚いた顔をした。「何をしている?」

何って……。エヴァンを探しているなんて言えない。理由を聞かれたら答えられないから。

「ヒナが昼寝中なので、することがなくて」つまりは暇人ということだ。

「こういうときこそ休めばいいだろう」スペンサーは怪訝そうに目を細めた。

そう言われればそうなのだけれど、問題が山積みで休むなんてとんでもない。

「そう思って、居間に行こうとしていたんです」まるで見当違いな場所にいることに、スペンサーが気付かなければいいけど。「誰か、話し相手になってくれないかなと思って」

「だったらちょうどいい。話があったんだ」スペンサーはダンの腕を取り、方向転換して居間へ向かった。

ダンは手を引かれながら考えた。

話?いったいどんな?

思い当たることといえば、ひとつしかない。

昼食の席にいなかったスペンサーが、ブルーノかカイルかに旦那様の失言を聞いたのだ。そうに違いない。だとしたら、僕はまたしても嘘つきだと責められるのか?

ダンはうんざりしながらも、うまく言い訳が出来ないだろうかと頭を巡らせた。

そうだ!全部ヒナのせいにしてしまえばいい。ヒナが知らない振りをすると言ったらそれに従うのが僕の務め。事実そうなのだから、ヒナに責任をなすりつけたって別にいいではないか。

ちょっとばかし良心が疼くけど、ヒナがそれで責められることはないわけだし――僕はあんなに責められたのに、不公平だ――うまくはぐらかしておけばいい。

それにしても、ブルーノといいスペンサーといい、僕を引きずらないと気がすまないの?

もしかすると、足の長さが違うって事に気付いていないのかもしれない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 259 [ヒナ田舎へ行く]

従順なのか諦めなのか、ダンがやけにおとなしい。

だからといって警戒心がまったくないかといえば、見る限り、そんなことはなさそうだ。つまり、警戒しているということだ。

スペンサーは窓の外がよく見える、いつもの椅子に腰を下ろすと、ダンにすぐそばの椅子に座るよう身振りで示した。振った右手はほんの数秒前までダンを掴んでいた。まだ温もりと抵抗の跡が手の平に残っている。

「話ってなんですか?」ダンが椅子に尻が着くか着かないかで、急いたように言う。

「まあ、そう急ぐな。茶でも頼むか?」スペンサーはゆったりとした動作で足を組むと、肘掛けの片方に寄り掛かった。

「いいえ。いれるのは当然僕でしょうし」ダンは落ち着かない様子で、尻をもぞもぞと動かした。

「ブルーノがいるだろう」なにもダンがわざわざ行くことなどない。

「お茶はもういただきましたので結構です」ダンはつっけんどんに言うと、背筋を伸ばしてこちらを見据えた。話があるならさっさとしろ、とでもいうように。

「機嫌が悪いのか?」スペンサーは突如不安になった。

ダンの秘密――というよりヒナの秘密だが――を知って、ブルーノよりも優位に立った気でいたが、攻め方を間違えればかえって窮地に陥りかねない。とにかく俺は味方だということを主張して、まずはダンの信頼を得なければ。そうしなければ、ブルーノに勝てない。現時点で、こちらが遅れをとっているのは明らかだ。

「いえ、すみません。ちょっと疲れてしまって」強く出過ぎたと思ったのか、ダンは怒らせていた肩を落として、椅子に深く座り直した。

「朝からバタついたからな」そこでふと思い出した。ダンが朝からあっちに行きこっちに行きした理由を。「伯爵の代理人は遅いな」

午後になるとは聞いたが、もう夕方だ。訪問客を受け付ける時刻はとうに過ぎた。まさかうちに滞在する気じゃないだろうな?スペンサーの不安は増した。そうとなれば、ダンと早いところ話をしておかなければ。

「僕は本当に追い出されずに済むのでしょうか?クロフト卿が口添えをしてくれると言っていましたが、結果的にヒナに迷惑が掛かるようでは困りますから」

「そのヒナとクロフト卿のことだが」

「なんですか?」ダンが眉間に皺を寄せた。何を言われるのかとかなり警戒しているようだ。

「二人の関係――」

「関係なんてありませんよ!ただのお友達ですから」ダンは興奮して腰を浮かせた。強く否定しすぎてかえって怪しまれるとは思わないのだろうか?

「ダン、聞け」スペンサーは落ち着いた低い声で遮った。

ダンは口を閉じ、腰を落とした。

スペンサーは続けた。「話は聞いた――」

ダンは観念したようにぎこちなく微笑んだ。「ええ、そうです。ヒナとウォーターズさんは前からの知り合いです」

だから聞けっての!

つづく


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